空とは文字の意味から「無」と同じものと解釈される事があります。
しかし空とは「無」「有」両方に存在し、どこからでも辿り着ける究極の統合、
調和の状態を差します。

そう、「空」とは状態。

どんな時でも、どのような世代、時代でも
この状態に近づき触れる事ができれば
時間や次元、概念を飛び越え、この「空」を得た
全ての存在と繋ぎ合う事ができるのです。

無の中に有を産む。
有を統合して無の状態を作る。

私たちはこうやって全ての次元を
世界を超えて繋がり合い、

全てを捨てて
全てを繋げて

ここに今、有ります。

貴方達が集まった集いの丘が
あなたがたが受け取った導きの葉1つ1つが
私たちの重なり合った虚空の調和1つ1つ。

貴方達が忘れて
私たちが思い出した
日々を渡る悠久の調べ。

人々は自発的に「声」を出し始めていました。
あの男の様に、思い思いに人が言葉とは違う声を
思い思いに出し始めました。

ヲヲン。。。ヲヲン。。。

叫びのような、山の割れる様な音が響き渡りました。
1つ1つの思いが乗った音の波動がぶつかり合い、響き合い。。。

そしてそれは不思議な音を奏で始めました。
聞いた事の無い鼓動のような、うねる様な、そして
精妙に絡み付きリンリンと響き渡る不思議な波動。

この丘に導かれた運命の導師達よ。
この波動、波動です。不可視ながらだれもが感じる事が
共有出来るこの波動。

そう、空です。

空とは一人で作り上げるものではありません。
全で歌い天と地が繋がった瞬間です。

皆さんも感じる事が出来たでしょう?

そしてはっと皆は思いだしました。

そうだった。私たちは約束した。
この地上で空を広げ輪になり繋がり合おうと。
私たちは既に知っていた。
「空」を!この感覚を!

光で全てが繋がった世界、全てがあったことを。

世界が、温かな。本当な温かな環で包まれていました。
皆、皆で共有した「空」の余韻を感じ震えていました。

そんな

喜びに溢れる人々の中に一人だけ、憂いを持ち頭を垂れ俯いている男が一人。


彼だけ、彼の空間だけが瞬間的に空の世界から欠落していました。
歓喜の中から一人、余韻を味わう暇も無く何故かスルリと抜けてしまい、
あの幸せな状態に戻れない自分に、まるで世界の全てに拒絶されたかのような
そんな絶望と枯渇を感じ、独りその場に立ちすくんでいました。

重く、強い言葉で、彼は菩薩にこう言いました。

私は、悟りにいたる空とは一人で見つけ到達するものだとばかり思っていました。

苦しんで苦しんで、その苦しみを全てを開放し喜びに変える術
そのようなものだと私は思っていました。
何故なら、自分の背負ったこの苦しみを誰も解ってくれないと
理解出来るはずも、共有出来る筈も無いと思っていたからです。
だからこそ、私が、俺がそれを一人でこなさなくては行けないと思って
ここまで来たのです。


しかし、私は知ってしまった。
全てを飛び越えて皆と繋がり合えるという事を。
苦しみを喜びに変えるのではなく
それすらも消してしまう御技を。


そしてあんなに渇望していた喜びへの術も、
恐怖と孤独と葛藤の贄になるという事を。

でも、今、私は知ってしまいました。
喜びでも悲しみでもない究極の質を。

今でさえ、私は繋がり合った今でも一瞬にして
またあの解り合えない
清濁の支配した世界に戻りそうになります。


この究極の質を知らなければ良かったと思う位です。

何故なら、知ってしまったらそれを求めて旅立たなくては
いけなくなる。全てを捨ててでも。


得るまで得るまで、飢え、求め続けるでしょう。
そして得るまでまた、もうあの境地に戻れないかもしれないという
葛藤と恐怖を友に生きて行きて行かなくては行けないかもしれない。

私は、、、私はこの苦しみから逃れたい。

彼だけが、彼だけが既に丘より下り自分の在る世界へと
意識を遠く、遠く延ばしていました。

歓喜に喜ぶ民より先に
彼は彼の世界に戻り、知ってしまった先の自分に意識を
誰よりも早く向け
先の世の自分自身を強く憂いでいました。

そんな彼に仏陀は、優しく、優しく語りかけます。

私の眼をのぞいてみなさい。さぁ。


おそるおそる、彼は仏陀に近づき、目を覗き込みました。

眼の中にはこの場所にいる全ての人が
そして、一番大きく、男自身の姿が映し出されていました。

私は貴方なのですよ。
わたしはあなたなのです。

そして、彼の目の中には仏陀が映っていました。




だからこそ、私は全てを捨て
この道に入りました。
そして悟りを得ました。
あなたの苦しみの先にあるのは
決して、宿命に縛られ
決められた事ばかりではありません。
私は、空を得て今漸く
私自身に語りかけています。

今はそれで善いのです。
葛藤を解き
今あなたが一番安らぎを感じる
音に身を任せてみてください。

信じてください。
あなたの延長線上に
私が存在するという事を。

男は目を閉じ、

自身の外の音と
内側の葛藤を鎮め

聞こえてくる
内側の音に
意識を乗せてみました。
彼の内外の音が重なり

それはとてつもない音になり
音がひゅうひゅうと風ツムジを作り始め
ぐるぐると男の周囲を回り始めました

続く